明治の作家、樋口一葉(一八七二~九六年)が通ったことで知られる東京都文京区本郷の旧伊勢屋質店が、取り壊される可能性があることが分かった。所有者が「個人で維持するのは限界」と解体・売却を決意。愛着を持つ地元の人たちは「一葉の伊勢屋質店を残す会」を結成し、十七日夜、保存の道を探る緊急シンポジウムを開く。
伊勢屋質店は一八六〇(万延元)年に創業し、一九八二(昭和五十七)年に廃業するまで本郷菊坂(現在の文京区本郷五丁目)で百二十二年続いた老舗。木造二階建ての土蔵と見世(みせ)、木造平屋の座敷の計三棟(延べ床面積一七四・三平方メートル)からなる。蔵は幕末に足立区鹿浜で創建されたものを一八八七(明治二十)年に移築。座敷は一八九〇年、見世は一九〇七年に建てられた。
一葉は一八九〇年から三年間、本郷菊坂に住み、その後台東区に転居したが翌年、菊坂の近くに戻り、赤貧暮らしの中でしばしば伊勢屋に通った。日記にも「着類三つよつもちて本郷の伊せ屋がもとにゆく四円五拾銭かり来る」などと登場する。二十四歳の若さで亡くなったときには、伊勢屋から香典が届いたという。
建物は経営者の家族が代々大切にしてきた。関東大震災、東京大空襲、バブル期の地上げも乗り越え、二〇〇三年に、明治二十年上棟の蔵を持つ「旧伊勢屋質店」として国有形登録文化財に指定された。
〇二年からは市民団体「文京の文化環境を活(い)かす会」「たてもの応援団」の協力で毎年十一月二十三日の一葉忌に一般公開され、十三年間で九千人が訪れた。
所有者も案内役を務めてきたが、相続税や固定資産税、修繕費など出費がかさみ、区に買い取りを求めた。区は複数の大学に買い取りを打診したがまとまらず、所有者は更地にして売却する「苦渋の決断」をしたという。区の担当者は「歴史的価値は認識しているが、区としては買い取るとも買い取らないとも答えられない」と話す。
一級建築士で文化女子大講師の伊郷吉信(いごうよしのぶ)さんは「文豪ゆかりの店であり、坂の街文京区の象徴でもある。明治の商家の生活を伝える生活史、建築史、都市史など多くの観点から貴重な遺構」と評価。「残せる手だてを早急に模索したい」と話している。
緊急シンポ「伊勢屋質店の魅力を語る」は十七日午後七時から、文京区本郷四の一五の一四の文京区民センターで。入場無料。問い合わせは「残す会」の村越さん=電03(3945)1455=へ。
<登録有形文化財> 築後50年を超え(1)国 土の歴史的景観に寄与(2)造形の規範となっている(3)再現が容易でない-の3条件を満たす建物が登録基準。外観の形状や色、材質など見える部分の4分の1以上を変更するには30日前までに届け出る。保存活用に必要な修理設計監理費の半分、相続税の30%、家屋の固定資産税と敷地の地価税の半分は減免されるが、維持管理費や保存工事費は所有者の負担となる。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014121702000137.html
参照元記事 / 東京新聞